「本当の自分が、よくわからない」
そんなふうに感じたことはありませんか。

周りに合わせ、頑張る自分と、本当はそうしたくない自分。その二つの自分を抱えて生きるなかで、摂食障害や鬱を経験したアンバサダーの北嶋麻紀さんを、少しずつ「本来のわたし」へと導いてくれたのがヨガでした。

なかでも印象的なのが、シャヴァーサナへの気づき。

ただ身体を休めるだけではなく、日々のなかで身につけた“仮面”を下ろし、「本来の自分」に還る時間。北嶋麻紀さんが長い時間をかけて見つけた、「わたしに還る」ということ。その歩みを綴っていただきました。

2人の『わたし』とともに生きて…

ヨガの出会う前の私には『わたしに還る』場所も時間もありませんでした。
そもそも『わたし』というもの自体が自分でもよく分かっていませんでした。

 

今思えば、幼い頃からずっと『良い子』という仮面をつけて生きてきたように思います。目の前の世界から自分を守るために、無意識につけた仮面だったのかもしれません。

しかし、成長するにつれて『仮面をつけたわたし』と『本来のわたし』が違っていることに気づいていきます。そのギャップが自分を苦しめ、それを埋めるために『本来のわたし』を心の奥へ隠していきました。

『本来のわたし』が出てこないように自分をコントロールしながら、『仮面をつけたわたし』で目の前の世界を生きていく…。

2人の『わたし』とともに歩む人生は緊張の連続です。常にストレスを抱え、心と体が休まる時間はありません。それでも生きていくために自分自身を解放する逃げ場を作ったのです。それが過食嘔吐でした。

一時的ではありますが、確かにそれによって『本来のわたし』に還ることはできました。しかし、それは見たくない『本来のわたし』を自覚しなければならない辛い時間でもあるのです。

その辛さを味わいたくない私は、自ら『本来のわたし』を消そうとするようになります。感情も思考もシャットダウンし、『仮面をつけたわたし』で生きることさえもやめました。

そう、「今を生きる」ことをやめたのです。これが鬱というものだと気づいたのはそこから抜け出した後でした。

ヨガが救ってくれた『本来のわたし』

こうして摂食障害と鬱によって『本来のわたし』を見ようとしなくなった私を救ってくれたのがヨガでした。

もちろん最初はただのエクササイズとしか捉えていませんでしたが、続けていくうちに体はもちろん心にも大きな変化があったのです。アーサナによって肉体的体力と心の体力がつき、ようやく「今を生きる」ことができるようになりました。

とはいうものの、この時点ではまだ2人の『わたし』が共存しており、マイナスからゼロ地点に戻っただけです。常にどこか緊張していて、心身ともに気を抜くことができなかったように思います。それはアーサナをしている時も同じで、特にシャヴァーサナ(屍のポーズ)が心地良いと感じられることはほとんどありませんでした。

それでも大好きなヨガを続け、アーサナだけではなくプラーナヤーマや哲学など、ヨガを深く学んでいくうちに、自分がなぜ摂食障害や鬱になったのか?を理解することができるようになりました。

そのプロセスは自己分析を通して『本来のわたし』を取り戻していくもので、少しずつ、でも着実に「より良く生きられる自分」に変わっていきました。

『本来のわたし』に還ったインド修行

ヨガを通して『本来のわたし』に気づくことができたのですが、その『わたし』をまだ受け入れることはできませんでした。しかし、そんな自分が変わる転換点がやって来ます。それが初めてのインド修行です。

朝の瞑想から始まり、アラティやサットサンガ、スワミジたちのレクチャーなど、1日中ヨガとともにあるアシュラムでの生活を送っていくうちにふと気づいたのです。

「ここにいるとすごく楽。ずっとこのまま、ここに居たい…。」

初めて味わった心の平穏…。

ただそこにいるだけで満ち足りた幸せを感じ、仮面をつける必要がありませんでした。ここで初めて、私はありのままの自分を受け入れ、『本来のわたし』に還ることができたのだと思います。

すべてのアーサナはシャヴァーサナの準備

インドから帰った後、私の生き方は大きく変わりました。

そこにはもう、仮面をつけている自分はいません。ありのままの自分で生きることがどれだけ楽なことであるかを知ったからです。そのような自分の変化に気づくことがありました…シャヴァーサナで心地良さを感じるようになったのです。

グル(師匠)である、故 友永淳子先生はシャヴァーサナの時にいつもこのように声をかけてくださっていました。

『しばらく本来の自分に戻り、お休みしましょう。』

ようやく、私はこの言葉の意味が理解できたのです。

たとえ『本来のわたし』に気づき受け入れたとしても、日々生きていくなかで必ずまた仮面を着ける時はやってきます。時として、そうせざるを得ないほどの苦しみや痛みを味わうように私たちの人生はできているからです。

シャヴァーサナの時間はつけてしまった仮面を下ろし、『本来のわたし』に還る大切な時間…そう気づいてから、この時間をとても大切にするようになりました。

そしてもう1つ…。

シャヴァーサナの時間をより大切に過ごすためには、その前に行うアーサナがとても大事だということもグル(師匠)はいつも私たちに伝えてくださっていました。

「すべてのアーサナはシャヴァーサナへの準備。しっかり行うことで、より深く、シャヴァーサナに入れます。」
(友永淳子 著 『からだがほぐれる 心がほぐれる ヨーガのお話』より引用)

それまでの私は、プラクティスとして行うアーサナに意識を向け過ぎて、シャヴァーサナを軽視していたように思います。私の中では「アーサナがあってのシャヴァーサナ」でしたが、グル(師匠)との出会いでアーサナに対する意識も変わりました。

シャヴァーサナで『本来の自分』に還るために、どのようにアーサナを行うか…そこに意識を向けながらプラクティスをすることで、シャヴァーサナがまったく違ったものになることを実際に経験したのです。

身体、心、呼吸がひとつになるプラクティスを…

自分のためのプラクティスとは「自分の身体、心、呼吸がひとつになる」ことを目指すもの…そのために必要なのは「安定感」です。呼吸が安定し、身体が安定すると心も安定する…すべてがひとつになった時に初めて、『本来のわたし』が戻ってきます。

そのような理想的なプラクティスを行うために、私はジェイドヨガマットを長年使い続けています。

呼吸も、身体も、心も、いつも同じ状態ではありませんし、安定していることもありません。ジェイドヨガマットが与えてくれる身体の安定感は、やがて呼吸と心の安定へとつながってきます。

そして、すべてをひとつにつなげてくれるこのマットの上でシャヴァーサナを行えば、おのずと『本来のわたし』に還ることができるのです。

長い時間をかけて取り戻し、受け入れることができた『本来のわたし』…今でも忙しい毎日を送っているうちに、それがふと見えなくなってしまうこともあります。

だからこそ日々ヨガとともにあることが、私にはとても大切なのだと感じています。

『本来のわたし』を見つけ、そこへ還るために、これからもヨガとともに、そしてジェイドヨガとともに、人生を歩んでいきたいと思います。

北嶋 麻紀(きたじま まき)

静岡県三島市在住。Anandah Yoga School代表。
太極拳講師だった父親の影響を受け、幼少期より太極拳・気功を学ぶ。 2005年 旅で訪れたニューヨークでヨガと出会い、帰国後すぐにヨガを始める。 2006年 認定資格を取得し指導を開始。それ以降、ニューヨーク・インド・ドイツ・スイスなど、海外で修行を重ね、ヴィンヤサフローヨガを中心に流派・スタイルを問わず様々なヨガを学び伝えている。 2011年に独立し、Anandah Yoga Schoolを設立。ヨガを体系的に学べるよう、アーサナのみならず暝想や経典学習講座なども行う。また指導者養成講座にて後進の育成にも力を入れている。
ジェイドヨガマットとの出会いはニューヨークへの一人修行の時。以来10年以上愛用し続けている。自身のクラスはもちろん、海外へ行く時もジェイドと一緒。海外のヨガスタジオの多くでジェイドが使われていることを実感。 ジェイドがグローバルスタンダードなヨガマットであることを多くの人に伝えていきたい。
【座右の銘/好きな言葉】Be in Yoga Always(いつもヨガと共に)
【指導しているヨガ】ヴィンヤサフロー
HP: Anandah Yoga School
Instagram: @anandah.maki/


<他のコラムも見る>
思うように動かない体が教えてくれた、自然とつながる回復のヒント
シークエンスという物語の作り方
『自然との共生』の本当の意味とは? 
失敗しない!ヨガマットの選び方
鬱と摂食障害を乗り越えた先に