身体を知ることは、自分を知ること。

役割を重ねるたびに、いつの間にか「本当の自分」を見失ってしまうことがあります。

けれど、身体はこれまでの人生をすべて覚えています。できないことを責めるのではなく、その理由を知り、その歴史を受け入れることで、自分を少しずつ肯定できるようになっていきます。

ヨガが教えてくれたのは、頑張って別の誰かになることではなく、ありのままの自分に還ること。

そんな「わたしに還る時間」についてアンバサダーの後藤江里さんが、自らの体験をもとに言葉で綴ってくれました。

忙しい毎日の中で、どうすれば自分に還ることができるのだろう。

私は妻であり、母であり、ヨガやピラティスを教え、学び続ける一人であり、整体師でもある。
どれも間違いなく私自身なのだ。

そして、この身体もまた私そのもの。これまで経験してきた怪我や痛み、うまく動かなかったこと、少しずつできるようになったこと。そのすべてが、私の歴史として身体に刻まれている。

もともと運動は得意ではなく、今でも転んだり怪我をしたりすることがある。半世紀以上生きてきた身体には、「ここが痛い」「これは怖い」という感覚が残っている一方で、以前はできなかったことができるようになる喜びもある。

昔の私は、何かあるたびに誰かや自分を責めていた。

「成長期に正座をさせるから」「ぎっくり腰になるのはお腹に力がない自分が悪い」「座り方悪いと分かっているのに治せないのが悪い」…

「自分が悪い」「あの人が悪い」「やってくれない人が悪い」そんなふうに、自分や誰かを責めることを繰り返していた。

ヨガレッスンのあと、「自分の内側を見つめましょう」と言われても、当時の私にはその意味がよく分からなかった。ただ目を閉じて座っているだけだったように思う。

けれど、身体や運動学を深く学び、自分自身の身体と向き合い続けるなかで、少しずつ見える景色が変わっていった。

骨の形があるからこそ関節を守るために筋肉が働き、別の関節達が助け合いながら身体は動いている。

その場所が動かないから身体は壊れているのではなく、その人が生きていくために、その人なりの最善を尽くしてきた結果であり歴史なのだと知った。

そう思えるたびに、自分の身体が愛おしくなり、感謝の気持ちが湧いてくる。

だから私にとって、ヨガは特別な存在だ。

身体を動かすだけではなく、その背景には哲学があり、生き方を教えてくれる。

理由を知り、できないことをただ諦めるのではなく、受け入れたうえで「今の自分にできることは何だろう」と問い続けること。

そこには、アビヤーサ(継続する実践)とヴァイラーギャ(執着を手放すこと)、そしてサントーシャ(知足)というヨガ哲学の教えがある。


以前の私は、「どうして私ばかり」「なんでこんなに頑張らなければいけないの」と思っていた。

けれど今は、「私が私でよかった」と思える瞬間がある。

土台が安定するJADEマットの上で身体を動かした後に、静かに眼を閉じる。

身体を地面に委ね、まわりの音に耳を澄ませ、呼吸と心の動きを感じる。

その時間だけは、誰かのためではなく、自分のためだけの時間。役割や肩書きをそっと手放し、「ただ、私」でいられる時間。

熱を持った身体に、そよ風とJADEヨガラグの柔らかさ、心地良さを感じる。

今の私にとって瞑想とは、何か特別なことをする時間ではない。

ありのままの自分に気づき、今日ここにいる自分を受け入れる時間。

それが、今の私にとっての「わたしに還る時間」なのである。

後藤 江里(ごとう えり)

幼少期から股関節のはまりが悪く、幼稚園では頚椎捻挫を経験。「運動すると怪我をする」そんな思い込みを抱えたまま大人になりました。産後にはひどいアレルギーを発症し、身体の不調と子育てが重なり、心身ともに限界に。さらに、2ヶ月間立ち上がれないほどのぎっくり腰。階段での事故により肩関節周囲炎。
——このままでいいのか?
自分自身を、諦めたくない。そう決意し、解剖学や生理学を学び始め、現在は整体師としても活動しています。
運動が苦手だった私が、ヨガを始め、JADEマットに出会い、幼少期に泣きながら練習していた三点倒立やブリッジが得意になり、来世でしか無理だと思っていたキングピジョンポーズも出来る様に。
加齢は止められないが、老化は変えることができる。
身体が安定すれば、心も安定する。
現在、横浜・桜木町、神奈川県・本厚木、西東京・多摩センターのスタジオ、企業ヨガ、イベント等で活動中。

ヨガジャーナルフレンズ
ヨガジャーナルオンラインライター
カラダメンテ プラスビューティー整体師

Instgram: @elie_smile_yoga